2017年4月21日 (金)

神保町とパスカルと

高校生の時に横浜から東京に引っ越しまして、あの小さな本屋さんともお別れ。
新しい街でも本屋さんは見つけますが、大きく変わったのは、
しばしば神保町に行くようになったこと。
それ以前にも友人たちと何度か行っていました。
お茶の水は楽器の街でもあり、誰かが楽器を買うというと
仲間でお茶の水から神保町界隈をうろつきました。

みんなで行くとゆっくり回ることが出来ませんが、今度は一人。
古書店に、中古レコード店、
新刊書店も、三省堂、書泉ブックマート、書泉グランデ、東京堂、
岩波ブックセンター、建て替え前の高岡書店など。
時々行っては、ちょっとずつ知らないところを冒険しました。

古書センター前のワゴンでパスカル『パンセ』を買ったのを覚えています。
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中公バックス『世界の名著 29 パスカル』前田陽一責任編集、1978年

パスカルへの興味は、中村雄二郎さんから来ていました。
この方は東大在学中に終戦を迎えるのですが、終戦による人々の価値観の転倒に衝撃を受け、
物理学を目指していたのを哲学科に変えたという方です。

「しかしそれにしても、敗戦をはさんでの価値の転倒が、わたしに対して与えた衝撃はまことに大きかった」
「わたしは、人々、とくに自己の言動に責任をもつべき学者や知識人たちの、
あまりの変り身の早さにおどろき、周囲のもろもろの事物の価値と意味が一変したのに目をみはった」
「それは無気味であり、奇怪な風景であった」
(中村雄二郎著『哲学入門』中公新書、1967年、p9-10)

この中公新書に書泉ブックマートのカバーがついているので、
おそらく神保町に通いはじめた頃に買ったもの。
この方の博士論文が「パスカルとその時代」(1967年)でした。
この論文の直後に書かれた『哲学入門』は、序文でご本人も書かれているように、
いわゆる「入門書」ではありません。
「哲学を蔑視すること、それが哲学することだ」というパスカルの言葉とともに、
「哲学のための哲学」ではなく、考えるヒントを提示しようとする力作です。
当時の自分は至るところに書き込みをして熱心に読んでいます。

後にどこかで言ったことがありますが、
自分の中の不健全な部分が最も共鳴した方が三原順さんであるなら、
健全な部分で最も共鳴した方は中村雄二郎さんであるように思います。

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書泉ブックマートのカバーがついた中公新書『哲学入門』、
何故か中野書店のカバーがついた岩波書店『感性の覚醒』、
岩波ブックセンターのカバーがついた岩波現代選書『共通感覚論』、
いずれも中村雄二郎氏の著。

話はそれますが、『哲学入門』の「最終章 哲学と日本人」を少し読み返してみて、
全然古くない…と改めて感じました。
この章では、中江兆民の「日本に哲学なし」というキーワードから始まり、
「美的な態度」(正しいかどうかより美しいかどうかが優先する)、
「感情的自然主義」(自然は美しい)などを日本人の傾向として考察しています。
更に「制度」という「第2の自然」が無自覚に自然と混同され「美しい」と捉えられることがあり、
その顕著な例が明治以後の「家族制度」および「天皇制」に見られたと指摘しています。
そして、警告しています。

「実は、「感情的自然主義」は、「家族制度」や「天皇制」そのものの、思想的な基礎をなすものなのである。
そして、「家族制度」や「天皇制」は明治憲法に代る日本国憲法において「制度」的に
あるいは廃止され、あるいは大きく性格を変えたとしても、それらは思考様式、行動様式として、
われわれ日本人の生活のうちに残存し、人々はそれから全く自由になっていないばかりでなく、
予想外のところで自分たちのなかに、それを発見するものであってみれば、
「感情的自然主義」の問題は、われわれにとっても、「哲学」にとっても、
まことに容易ならぬことだと言わざるをえない。」
(中村雄二郎著『哲学入門』中公新書、1967年、p191)

注釈では、明治時代の自由民権運動の論客植木枝盛氏の「日本人、家の思想」に触れ、
家はもともと人のためにあったが、家のための人になってしまった、というくだりが紹介されています。

「家の人と云ふ思想あること人の家と云ふ思想あることより厚く」(植木枝盛)

この言葉は自分の当時のアイデアノートにもメモされており、ずっと心に刻まれています。
そういえば、「りぼん」のフロクのノートも、アイデアノートの一種にしていました。
哲学書からの引用やらなにやらをメモしています(苦笑)。

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「りぼん」のフロクの萩岩睦美さんのノートの中より。

「すべて過ぎゆくものは ただ姿なるのみ
 たらざるものここに満たされ
 名づけがたきもの ここに成しとげられる
 永遠に女性なるもの われらを天上にひきよすなり」
は、ゲーテ「ファウスト」のラストですが、
大島弓子さん「ジョカへ…」から書き写しているものです。
「ファウスト」は読んでいないですが、お陰様でラストだけは今でも暗唱できます。

そういえば、当時の自分のパスカル好きに拍車をかけていたのも大島弓子さんでした。

日本において
人々は(あし)を「悪し」に通じ
忌んで「善し」と呼ぶようになる
ではなぜ
「人間は考える(よし)である」と
呼ばないのだろうか
(大島弓子さん「パスカルの群」より)

また三原作品との出会いに至りませんでしたが、次はきっと。

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2017年4月14日 (金)

ロバとブラウンさん物語

三原作品と出会う前の話をもうちょっと。
あまり大っぴらに書くような話ではありませんが、まあ、昔話ですし…。
同級生と女子大生のお姉さんと3人で渋谷に飲みに行ったことがあります。
文化祭に遊びに来ていた某女子大の漫研のお姉さんと友人が仲良くなって、
誘われて行きました。それ以前にもお好み焼き屋の打ち上げで
ビールちょっとくらいはありましたが、ちゃんと(?)飲んだのは初めてでした。
3人でロバートブラウン(ウイスキー)1本あけた気がする…^^;。

なぜロバートブラウンなのかは、もちろん(?)、
「花岡ちゃんの夏休み」に出てくる「ロバートブラウン物語」です。
「ロバとブラウンさん物語」とも書かれていますが、いずれにしろ、
花岡ちゃんと簑島さんの出会いのきっかけとなった架空の本のタイトルです。
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雑草社『ぱふ』1983年9月「特集 清原なつの」号p37(左)と、清原なつのさん『花岡ちゃんの夏休み』1979年RMC(右)。

清原なつのファンという共通点があったのですね。
ロバートブラウンを飲みながら清原なつのさんや
他のマンガの話をしていた筈ですが、詳細は覚えていません。
ただ、妙にお姉さんになつかれて楽しかった記憶がうっすらとあり。
それきりだったのですが、いい思い出ですね…。
「花岡ちゃんの夏休み」を今読み返してみると、
若ハゲの簑島さんにエールを送りたくなります(苦笑)。

自分が少女マンガを買っていたのは小さな本屋さんでしたが、
駅前のビルにはもっと大きな本屋さんがありました。
こちらもよく利用しましたが、目立つので少女マンガは買いにくく。
店の真ん中に「マンガ少年別冊 火の鳥」シリーズが
ずらっと平積みされていた光景が印象に残っています。

手塚治虫さん「月刊マンガ少年別冊 火の鳥 4 鳳凰編」1978年、朝日ソノラマ。

目立つところに置いてあったので立ち読みしずらかった…けど、ちょっと読んだかも^^;。
竹宮恵子さん「マンガ少年別冊 地球へ…」も立ち読みで読了。
本屋さんみなさま、色々読みしましたすみません…。
(昔は子供がマンガを立ち読みするのに寛容な本屋が多かったですよね)
お金が出せるようになってからは、どちらも買っております。
マンガ少年別冊ではありませんが(あれ、大きくて良かったな…)。

竹宮恵子さん「月刊マンガ少年別冊 地球へ…第3部 総集編」1979年、朝日ソノラマ

ねこねこ横丁」というサイトで、
清原なつのさんが「じゃあまたね」という自伝的マンガを連載中ですが、
「火の鳥」との出会いも描かれていました。
COM名作コミックス版ですので、自分より一つ時代が昔のもの。
「じゃあまたね」を読んでいて、時代は違うのですが、あー、似ているな…と思ったりして、
自分の子供の頃を思い出したりします。
書きたいことも色々出てきてしまう…またどこかで。

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2017年4月 5日 (水)

少女マンガを買っていた小さな本屋さん

自分が「りぼん」を買っていたのは、街の小さな本屋さんでした。
奥にレジがあって、優しそうな初老の女性が
黙ってにこやかに対応してくれるので、買いやすかったのです。
きっと少女マンガを買いに来る少年として覚えられていたでしょうね…。
確かもう20年以上前にその本屋はなくなっています。
お世話になりました。

あの本屋のカバーがどこかに残っていたはず…と探してみたら、1冊だけ残っていました。
大島弓子さん『綿の国星』2巻です。もはやこの傷んだカバーが宝物…。

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しかし、「綿の国星 PART2 ペルシャ」が描かれた頃は、
まだイラン革命前だったのですよね…今読むとそんなことを考えてしまう。
白泉社系で初めて買ったコミックスが『綿の国星』だったと思います。
そのきっかけがどこから来たのか、もはやはっきり覚えていないのですが、
おそらく谷山浩子さん方面からではないかと。
大島弓子さんには、かなり早い時期に出会えていました。

その後、自己投企ブーム(?)のようなものがありまして、
まあ「りぼん」買っている時点で既にアレなのですが、
突然ギターを買ってかき鳴らし始めたり、新聞作ったり、ありがちな展開。
そうすると、バンドに誘われたり、交友関係が広がりまして。
(注:男子校ですので男子ばかりです)
そういう仲間には、少女マンガを含むマンガ読みが結構多く。
自分が『フランス窓便り』のコミックスを持っていると
「君は田渕由美子を読むのか!?」と声をかけてくれる先輩がいたり。

その頃の交友関係からの流入は多岐にわたり、
白泉社系・少女コミック系の少女マンガあれこれ、
青池保子さん「エロイカより愛をこめて」は秋田書店系、
大友克洋さん「気分はもう戦争」、吾妻ひでおさんとか
SFとか奇想天外とか×××とか…もう駄目ですね(^^;)。

ところが、これだけの洗礼を受けながら、まだ三原順さんには出会っていません。
明らかに「はみだしっ子」を読んでいたはずの人たちもいたのに。
その理由は2015年の三原順復活祭でやっとわかった気がしたのですが、
みなさん、三原作品はこっそり読んでいて、人に教えたくないものだったと。
なるほど…。
まあ、自分が男子主人公の少女マンガに手を出さなかったせいですけどね。

そんな訳で、三原作品との出会いは次のステージになります。

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2017年4月 1日 (土)

りぼん

自分が「りぼん」を買ったきっかけは江口寿史さんが「すすめ!!パイレーツ」で
「りぼんの『花ぶらんこゆれて』に涙するボク」と書いてるのを見て、です。
(ジャンプ・コミックス6巻収録「熱血親父たつ!!の巻」表紙)

ただこれは言い訳に近いきっかけで、当時の自分からすれば、
ずっと読んでみたくてしょうがなかった…だろうと思います。

三原ファンなどをやっているとお堅いマンガが好きだと思われる?かも知れませんが、
もちろんそれもありなのですが、自分はもともと普通の少女マンガが好きでした。
普通のって何?というのもありますが、まず主人公は女子…ですね。

少々恥ずかしいですが、その話を。

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立野が今も大事に持っている「りぼん」の付録

子供のころ、兄はいましたが女兄弟もなく、少女マンガとの出会いは、
いとこのお姉さんの家でした。
そのお姉さんは、マーガレット系→フレンド系とシフトしてたと思います。
よく覚えているのは和田慎二さん。
超少女明日香シリーズなど、夢中になって読んでいました。
美内すずえさんの怖い漫画も読んでいました。
あと、自分が三銃士の物語を読んで育っていたので、
大和和紀さん「アラミス'78」は印象に残っています。

兄もマンガを買う習慣がなかったので我が家にマンガはあまりなく、
概ねよそで読んでいました。
そのうち自分が買うようになるのですが、まずは少年誌です。
ジャンプとか、チャンピオンとか。
それでも、どこかで少女誌に憧れているのですね。
目が不自然なくらい大きくて可愛い女の子が表紙だったりするような(苦笑)。
いとこの家で少女マンガも忘れられないし、たぶん、根が少女趣味だったのです。
しかも、人と違うことをするのに抵抗が少ない性格だったようで、
勇気を振り絞って?少女誌を買うに至るわけです。

最初に買った少女誌は、少女フレンドだったのでは…と思います。
ただその時は、あまり続かず。
そして、冒頭の話に戻りますが、江口寿史さんが「りぼん」を読んでいるのを見て、
よし、「りぼん」を買ってみようと。読んでもいいんだと。
これが結構続きました。
きっかけが「花ぶらんこゆれて…」ですので、まずは太刀掛秀子さん、
そして田渕由美子さんが好きでした。
清原なつの作品との出会いも「りぼん」です。
一条ゆかりさん「砂の城」も忘れられません。

当時の少年マンガでは、女の子は飾りみたいな印象でした。
今ではかなり違いますし、当時でも探せばいろいろあったのでしょうが、
極端に言えば、少年誌の女の子は「美人」か「ブス」の記号みたいで、
あまり人格がなく、そういうのに不満足だったのだと思います。
少年マンガでは、オッパイが見えたとかパンツが見えたとかで喜んでいて、
けれど少女マンガだと、抱擁したりキスしたり恋愛や性に関する表現もずっと進んでいて。
女の子はこういうの読んで「男の子ってコドモね」って思っているのかなぁ、みたいな。
自分の場合、やや特殊かも知れません?が、
普通に女の子に感情移入して読んでました。
女の子が恋をして泣いたり笑ったり、
そんな話で一緒になってドキドキ(笑)。

敢えて少女マンガを買う理由は、
女の子が何が好きで何を考えているとか知りたいから、
少年誌では読めない女の子が主人公の話が読みたいから。
…という流れの中で、少女マンガなのに
男子が主人公の話というのは興味の外でした。
せっかく苦労して少女マンガを買っているのに、みたいな。
おそらくこのため、三原作品との出会いはずっと後になります。

普通の女の子が小学生くらいに「りぼん」を読み卒業していくのとは
全く違った特殊なケースではあるのですが。
自分が「ぱふ」とかそういった世界と出会う前に、
純粋にマンガを好きで読み「りぼん」に出会っていた時期。
その頃は自分の中で大切な何かとして今もあって。

乙女たちにまぎれ「りぼん」のフロクを懐かしく眺めてしまうのです。

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2017年3月20日 (月)

『charlotte sometimes vol.2』延期

2017年3月を目指すと言っていた『charlotte sometimes vol.2』(たての・ごだま同人)は、延期となりました。
10月くらいには…と思っております。すみません。

それで、『vol.1.7』を作りました。
昨年作った『vol.1.5』『vol.1.6』と同様の1枚物のペーパーです。
「チゴイネルワイゼン」をキーワードに、三原順さんがお持ちだったレコードや、
清原なつのさんのことについて少し書いています。

Photo
三原順さんの遺品レコード(R010)
『チゴイネルワイゼン』1980年、キングレコード

「バムまんが」も描いてます!
相方には失笑もされませんがバムは元気です。

Pigstandエッグスタンドに乗るバム

ペーパーは何かの際には持ち歩きますので、声をかけてください。

…という配布方法ですと、遠方の方などネットベースの方には届けられないのですよね。
それはそれで申し訳ないという思いもあって、
下記の話はサイトのメモノートにしました。

立野の三原順メモノート(55) (2017.3.7)つれて行って(3)

「つれて行って」というフレーズのルーツは、今まで思っていた以上に、
ずっと前からあった…ということをメモしています。
サイトの方も、ぼちぼち直さねば、ですね…。

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2017年3月17日 (金)

ダイエット

大島弓子さんの作品は概ね読んできていたのですが、
とりこぼしているものを少しずつ読んでいたりします。
「ダイエット」を読んでいたら、
新井素子さんの「あなたにここにいて欲しい」を思い出したりして、
書きたくなったので書きます。

以下、どちらのネタバレもありますのでご注意ください。

大島弓子 『ダイエット』、角川書店 あすかコミックス、1989年

大島弓子さん「ダイエット」は1989年「ASUKA」1月号掲載。
主人公は福子という太った高校生の女の子。
父親が別の女性と子供つくって離婚、福子は母とその新しい夫と暮らしている。
母親は新しい夫との間にできた子を大事にし、福子を構わない。
そういったことを食べては思い出し、思い出しては心の奥に埋める。
それを繰り返すうち福子はいつの間にか太っていた。
そんな福子は、友達に勧められるままにダイエットし成功。
けれど、友達にできた彼氏から優しく接してもらって、
自分が太っていても優しくされるのかを確かめたくなり、また食べて太ってしまう。
友達の彼氏は変わらず優しくしてくれる。福子はまたダイエットして痩せる。
福子は、友達のデートについて行きたがる。
友達の彼氏に気があるというわけでもなさそうで、友達は不思議がる。
福子は再び食べて太ろうとするが、食べ物を受け付けずに吐いてしまう。
そんな福子を介抱するうちに、友達は気付く。
福子が求めているのは親の愛であって、自分たちは彼女にとって両親のような存在なのだと。

1980年代、日本で心理療法のようなものを取り上げることが徐々に普通になっていった気がします。
ちゃんと勉強していなくてはっきりとは言えないのですが。
自分が「箱庭療法」というものを知ったのは、中村雄二郎さんの『述語集』(1984年、岩波新書)です。
村上春樹さんの『ノルウェイの森』が1987年ですね。
後になってから読んだものに、河合隼雄さんと谷川俊太郎さんの対談形式の『魂にメスはいらない』があります。

河合隼雄+谷川俊太郎『魂にメスはいらない(ユング心理学講議)』、朝日出版社、1979年

この本は、三原順さんもお持ちでした。
どこかで一度書いていますが、「はみだしっ子」に出てくる
「自立する事は孤立する事ではない」というジャックの言葉は、ここから取られているものと思われます。

「必要に応じてどの程度ちゃんと依存できるかというのは、むしろ独立心のあらわれみたいに考えています。
特に若い人たちがよく失敗するのは、独立しようと思って依存心をなくし過ぎるんですね。
ぼくは「あんたのは独立と言わずに孤立と言うんや」とよくひやかしているんだけどね。」
(『魂にメスはいらない』、p109)

これもまた「はみだしっ子」で使われる言葉ですが、
「あんたが生きてくれている方がぼくはうれしい」という河合氏の話もこの本にあります(同、p51)。
患者は真剣だから、ちょっとでも嘘が混じるとわかる。
だから、「生きるべきだ」でも「生きるのが正しい」でもなく「生きていてほしい」と言うのだと。

『あなたにここにいて欲しい』は、新井素子さんの1984年の小説。
こちらは当時初版で読んでいますが、細部はほとんど忘れていて。
ただ、人の心が読めてしまう超能力を持って生まれた女の子が、
母親に捨てられ、他人の感情に苦しみながら人を憎み、
最後には自殺するかのように精神をパンクさせて幼児退行してしまう、
というストーリーは覚えていました。
幼児退行してしまった彼女を、主人公が受け止めて育てるところで終わります。
今回、ざっと読み直してみたら、自分の記憶以上にきついストーリーでした。
主人公と共依存のようになった友達との自立も描かれているし、
自分の薄い記憶よりずっと重厚で改めてよかったです。

新井素子 『あなたにここにいて欲しい』 ハルキ文庫、2012年。(文化出版局、1984年)

タイトルがピンク・フロイドの曲「WISH YOU WERE HERE」からであることは、作者自身が書いています。
1975年の同名アルバムにあります。
このアルバムの「クレイジー・ダイアモンド(Shine On You Crazy Diamond)」という曲は、シド・バレットに捧げられた曲です。
シド・バレットはピンク・フロイドの初期中心メンバーで、デヴィッド・ボウイはじめ多くのミュージシャンに影響を与えた人物ですが、
音楽ビジネス業界に馴染めず、精神を病んで消えてしまっていました。
彼を削り世界的バンドとなったピンク・フロイドが、ふと彼を思い出して作ったようなアルバムです。
「あなたがここにいて欲しい」という邦題は、バンドから指定されてきたと、ライナーに書かれています。

Wishyouwerehere ピンク・フロイド『WISH YOU WERE HERE』1975年

一方、新井素子さんは、単行本のあとがきで、この邦題を意図的に一文字変えた、と書いています。

 あなたがここにいて欲しい。こう書けば、主格は『あなた』。でも、あなたにここにいて欲しいと書いた場合、主格は『私』になります。『あなた』はあくまで目的格で。
 これは、そういった、お話です。

謎かけのようですが、ふと、河合隼雄さんの言う「生きていてほしい」というイメージに似ていると思いました。

育て直しというと、今ではいくぶん胡散臭いイメージになってしまいましたが、 あの頃が、そのような物語が作られるような時代であったことは、なんとなく思い出せるのです。

昔、遺書を残して家出した娘の部屋で帰りを待つ母親と話をしました。
帰らない娘の部屋で、
新井素子さんの『あなたにここにいて欲しい』の単行本を見つけ、
一晩で読んだと、その方は話していました。
「まるで娘からのメッセージのように思えた」
真面目できっちりとしていた娘さん。
過食と拒食を繰り返し、ぶくぶくに太ったり、
がりがりに痩せたりを繰り返していました。
娘さんはその後、帰ってきています。
あの方は、娘にあの時のことを話すことがあったでしょうか。

「ダイエット」のラストに、あの頃わからなかったことを一つ、そっと教えてもらったような気がしました。

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2017年3月 2日 (木)

スタジオライフ「エッグ・スタンド」

萩尾望都原作スタジオライフ「エッグ・スタンド」の舞台初日に行ってきました。
スタジオライフさんは、「トーマの心臓」「訪問者」「11人いる!」など数々の萩尾望都作品や、
清水玲子「月の子」、手塚治虫「アドルフに告ぐ」など、数々のマンガ作品を舞台化していて、
2001年には三原順「Sons」も舞台化している劇団です。
http://www.studio-life.com/stage/sons/

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萩尾望都さんの「エッグ・スタンド」は1984年発表。
ナチス占領下のパリが舞台。
当時から強烈に印象に残っていて、立野も19年前に熱心に語っていました…恥ずかしいのでリンクしませんけど^^;。
それを書いた頃から19年間読んでいなかった訳なのですが、
セリフを聞けば次のセリフが自然と思い出されるくらいにはしっかりと覚えていました。
いろいろなことを思い出します。

しかし、実は自分の中では、スタジオライフさんが「エッグ・スタンド」を舞台化すると聞くしばらく前から、
三原作品との関連性において「エッグ・スタンド」は静かに反芻されていました。

「ぼくは多分 なにか忘れて生まれてきたんだね」

夢の事かのように殺人を繰り返す少年ラウルの言葉が、最近ふと、
三原順さんの未完の遺作「ビリーの森ジョディの樹」のビリーに重なって思えたりします。

もう少し探究中の何かが見えてきたら、またどこかで。

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2017年3月 1日 (水)

三原順さんに花束を2017

今年も、春の「三原順さんに花束を」ページを設置しました。
http://mihara.to/flower/2017/

今回は昨年訪れたキルギスの草原の写真にしました。
ソンクル湖畔の馬です。
三原順さん、馬がお好きでしたよね(^^)。
標高3000メートルの大草原では、馬もヤギも牛もラクダものびのびと暮らしていました。

こちらは、もう少し標高の低いところで出会ったラクダさん。
お花くわえて、食べるのかな?
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いろいろ更新できておらずすみません。
少しずつ直しながら、進めていきたいと思います。

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2016年3月 1日 (火)

三原順さんに花束を2016

今年も、春の「三原順さんに花束を」ページを設置しました。
http://mihara.to/flower/2016/
去年の復活祭を、少し懐かしむ感じです。

あまり(というかまったく…)更新できておらずすみません。
また少しずつ書いていきたいと思っています。

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2015年12月24日 (木)

ブッダ

最近、電子書籍に手を出して手塚治虫さんの『ブッダ』を読んでいました。
今日やっと全14巻を読み終えたので、何故かクリスマスにブッダの話を(笑)。

全般に読みごたえがあったのはもちろんですが、やはり気になったのは狼のくだりです。
第5巻で、狼に育てられていた幼いダイバダッタは腹を立てて動物を殺してしまいます。
狼のお母さんは、ダイバダッタに言います。

「なぜ食べもしないものを殺したの?」

これは、『ムーンライティング』で、三原順さんも描いていたことでした。

「狼は人間の様に見境なく狂暴にはなれないものなんだよ。

〝殺せ"だなんて、腹も減ってないのに殺してどうすんだね?」

三原順さんが『ブッダ』を読んでいたかはわかりません。
読んでいたかも知れないし、あるいは仏教に関する何かの書物からヒントを得ていたのかもしれません。

2015年、三原順復活祭イヤーもそろそろ終わりですが、振り返る余裕もなく過ごしております。
目まぐるしくも楽しい一年でした。

まだまだ新しい発見は尽きないのだと気づきながら、これからも探求を続けていこうと思う次第です。

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