2017年7月11日 (火)

怪獣

幼い頃、ウルトラマンはじめ怪獣特撮が大流行でした。
今でも懐かしく見ることがありますが、当時はずっと真剣に見ていました。
ある晩、怪獣が出てくる夢を見ました。
怪獣が叫びながら、こちらの方に近づいてきます。
逃げながら見上げるうちに、目が覚めました。
あーよかった、夢だったんだー。
そう思った次の瞬間、怪獣の声がまた聞こえて来ました。
どうしようと、怖くなって、けれどすぐに、それは父のイビキだと気づきました。
昔から父のイビキはひどく、母によく文句を言われていました。
特に酔って寝た時のイビキは大きく、それが子供部屋まで響き、怪獣の夢になっていたのです。

父の介護ベッドの横の床で寝ていて、ふとそんなことを思い出しました。
怪獣は時々大きなイビキだったり小さなイビキだったりを繰り返し、やがて静かで永い眠りに着きました。
目を閉じると怪獣は、昼寝している父にそっくりになりました。

7月9日、父、永眠。

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2017年6月27日 (火)

ワルシャワ歴史地区

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人魚像にお尻が!と、盛り上がっていたら相方に笑われました。

徹底的に破壊されながら、不屈の熱意で綿密に復元された世界遺産のワルシャワ旧市街。

そして、無事に日本に帰国しました。

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2017年6月23日 (金)

リプニツァ・ムロヴァナ

リプニツァ・ムロヴァナの聖レオナルド教会(ポーランド)。マウォポルスカ南部の木造聖堂群という世界遺産の一つ。

リプニツァ・ムロヴァナ

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2017年6月21日 (水)

アウシュビッツ

アウシュビッツ アウシュビッツ

ガス室のある建物、窓辺に飾られた白いバラ。
アウシュビッツの白いバラ

17年前、三原順さんの遺品の本が処分されようとしていた時。
自分より先に古本屋さんが一箱持って行ったのですが、その中に『夜と霧』がありました。
どこかで大切にされていますように。

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2017年6月20日 (火)

ビール

ビール
ビール飲んでます。
小さいプレッツエルのようなスナック、
ちゃんとプレッツエルっぽい味で結構おいしいです。

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2017年6月19日 (月)

いろいろ

ここしばらく色々あって、時間がありそうでなく、バタバタとしていました。
スタジオライフの「はみだしっ子」が決まったのも良かったです。
実は「エッグスタンド」を見に行った頃からこの話は知っていて、
そのころに何かできないか…など模索もしていたのですが、
それどころでない日々に埋もれてしまい、すみません。
今日から1週間ほど旅行です。
世界中、きな臭いことが多いですが、リフレッシュできたらいいなと思います。

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2017年5月 2日 (火)

三原順作品と出会う

神保町に行くようになってから、『だっくす』『ぱふ』の気になる特集号を古本で買ったり、
自力で様々な情報を入手するようになりました。

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当時古書店で買っていたものの一部
「だっくす」1978年11月号「特集 樹村みのり」
「ぱふ」1979年6月号「特集 大島弓子の世界2」
「ぱふ」1980年3月号「特集 吾妻ひでおの世界」
「ぱふ」1980年12月号「特集 萩尾望都」
いずれも清彗社。

萩尾望都さんや大島弓子さんなどは、既にあちこちの出版社から色々な形態でコミックスが出ていて、
同じ作品を何回も買わないよう、作品リストを自分のノートに書き写し、単行本リストと見比べて、
まだ読んでいないものを見つけては買いました。

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立野の昔のノートの作品リストより、吾妻ひでおさんと萩尾望都さん。
ピンクの丸がついたのは入手したもの。他に大島弓子さんなどある。

マンガは古本なら新刊の半額近くなるので、蔵書量もぐっと増えていきます。
すみません、当時はお金が無かったので、全集そろえるとかは無理でした…。
でも、買ったものは大事に読んでいます。

マンガが置いてある古本屋というのは神保町には限られていて、
中野書店など何軒かを定番に巡回していました。
三原作品との出会いは確か「神保町ブックセンター」という古書店です。
今はもうなく、名前もうろ覚えですが…。

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当時自分が買った「はみだしっ子」の花とゆめコミックス。

感動的な出会いではなく、乱読期に入っていたので、
どこかで名前を見かけた『はみだしっ子』のコミックスがあったので買ってみたことでした。
それから、どれだけ自分がその世界にはまったかは、今の三原サイトがその惨状(苦笑)。
コミックスベースでしたが、1冊1冊、読むのがとても幸せだった記憶です。
確か自分のサイトでも書いていますが、最初に読んだ時点で、
「階段の向こうには…」にはムンクを感じていましたし、
「夢をごらん」にはパスカルを感じていましたし、
「山の上に吹く風には」には太宰を感じていました。
「つれて行って」にはドストエフスキーを感じていましたね…これは確かまだどこにも書いていないですが。

その頃から、友人たちに影響を受けるのが主の文化から、
自分が入手した情報と自分の感性に振り回される(?)文化に、
徐々に戻っていく訳ですが、それはまた…。
(まだ書くのか?)

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2017年4月21日 (金)

神保町とパスカルと

高校生の時に横浜から東京に引っ越しまして、あの小さな本屋さんともお別れ。
新しい街でも本屋さんは見つけますが、大きく変わったのは、
しばしば神保町に行くようになったこと。
それ以前にも友人たちと何度か行っていました。
お茶の水は楽器の街でもあり、誰かが楽器を買うというと
仲間でお茶の水から神保町界隈をうろつきました。

みんなで行くとゆっくり回ることが出来ませんが、今度は一人。
古書店に、中古レコード店、
新刊書店も、三省堂、書泉ブックマート、書泉グランデ、東京堂、
岩波ブックセンター、建て替え前の高岡書店など。
時々行っては、ちょっとずつ知らないところを冒険しました。

古書センター前のワゴンでパスカル『パンセ』を買ったのを覚えています。
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中公バックス『世界の名著 29 パスカル』前田陽一責任編集、1978年

パスカルへの興味は、中村雄二郎さんから来ていました。
この方は東大在学中に終戦を迎えるのですが、終戦による人々の価値観の転倒に衝撃を受け、
物理学を目指していたのを哲学科に変えたという方です。

「しかしそれにしても、敗戦をはさんでの価値の転倒が、わたしに対して与えた衝撃はまことに大きかった」
「わたしは、人々、とくに自己の言動に責任をもつべき学者や知識人たちの、
あまりの変り身の早さにおどろき、周囲のもろもろの事物の価値と意味が一変したのに目をみはった」
「それは無気味であり、奇怪な風景であった」
(中村雄二郎著『哲学入門』中公新書、1967年、p9-10)

この中公新書に書泉ブックマートのカバーがついているので、
おそらく神保町に通いはじめた頃に買ったもの。
この方の博士論文が「パスカルとその時代」(1967年)でした。
この論文の直後に書かれた『哲学入門』は、序文でご本人も書かれているように、
いわゆる「入門書」ではありません。
「哲学を蔑視すること、それが哲学することだ」というパスカルの言葉とともに、
「哲学のための哲学」ではなく、考えるヒントを提示しようとする力作です。
当時の自分は至るところに書き込みをして熱心に読んでいます。

後にどこかで言ったことがありますが、
自分の中の不健全な部分が最も共鳴した方が三原順さんであるなら、
健全な部分で最も共鳴した方は中村雄二郎さんであるように思います。

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書泉ブックマートのカバーがついた中公新書『哲学入門』、
何故か中野書店のカバーがついた岩波書店『感性の覚醒』、
岩波ブックセンターのカバーがついた岩波現代選書『共通感覚論』、
いずれも中村雄二郎氏の著。

話はそれますが、『哲学入門』の「最終章 哲学と日本人」を少し読み返してみて、
全然古くない…と改めて感じました。
この章では、中江兆民の「日本に哲学なし」というキーワードから始まり、
「美的な態度」(正しいかどうかより美しいかどうかが優先する)、
「感情的自然主義」(自然は美しい)などを日本人の傾向として考察しています。
更に「制度」という「第2の自然」が無自覚に自然と混同され「美しい」と捉えられることがあり、
その顕著な例が明治以後の「家族制度」および「天皇制」に見られたと指摘しています。
そして、警告しています。

「実は、「感情的自然主義」は、「家族制度」や「天皇制」そのものの、思想的な基礎をなすものなのである。
そして、「家族制度」や「天皇制」は明治憲法に代る日本国憲法において「制度」的に
あるいは廃止され、あるいは大きく性格を変えたとしても、それらは思考様式、行動様式として、
われわれ日本人の生活のうちに残存し、人々はそれから全く自由になっていないばかりでなく、
予想外のところで自分たちのなかに、それを発見するものであってみれば、
「感情的自然主義」の問題は、われわれにとっても、「哲学」にとっても、
まことに容易ならぬことだと言わざるをえない。」
(中村雄二郎著『哲学入門』中公新書、1967年、p191)

注釈では、明治時代の自由民権運動の論客植木枝盛氏の「日本人、家の思想」に触れ、
家はもともと人のためにあったが、家のための人になってしまった、というくだりが紹介されています。

「家の人と云ふ思想あること人の家と云ふ思想あることより厚く」(植木枝盛)

この言葉は自分の当時のアイデアノートにもメモされており、ずっと心に刻まれています。
そういえば、「りぼん」のフロクのノートも、アイデアノートの一種にしていました。
哲学書からの引用やらなにやらをメモしています(苦笑)。

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「りぼん」のフロクの萩岩睦美さんのノートの中より。

「すべて過ぎゆくものは ただ姿なるのみ
 たらざるものここに満たされ
 名づけがたきもの ここに成しとげられる
 永遠に女性なるもの われらを天上にひきよすなり」
は、ゲーテ「ファウスト」のラストですが、
大島弓子さん「ジョカへ…」から書き写しているものです。
「ファウスト」は読んでいないですが、お陰様でラストだけは今でも暗唱できます。

そういえば、当時の自分のパスカル好きに拍車をかけていたのも大島弓子さんでした。

日本において
人々は(あし)を「悪し」に通じ
忌んで「善し」と呼ぶようになる
ではなぜ
「人間は考える(よし)である」と
呼ばないのだろうか
(大島弓子さん「パスカルの群」より)

また三原作品との出会いに至りませんでしたが、次はきっと。

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2017年4月14日 (金)

ロバとブラウンさん物語

三原作品と出会う前の話をもうちょっと。
あまり大っぴらに書くような話ではありませんが、まあ、昔話ですし…。
同級生と女子大生のお姉さんと3人で渋谷に飲みに行ったことがあります。
文化祭に遊びに来ていた某女子大の漫研のお姉さんと友人が仲良くなって、
誘われて行きました。それ以前にもお好み焼き屋の打ち上げで
ビールちょっとくらいはありましたが、ちゃんと(?)飲んだのは初めてでした。
3人でロバートブラウン(ウイスキー)1本あけた気がする…^^;。

なぜロバートブラウンなのかは、もちろん(?)、
「花岡ちゃんの夏休み」に出てくる「ロバートブラウン物語」です。
「ロバとブラウンさん物語」とも書かれていますが、いずれにしろ、
花岡ちゃんと簑島さんの出会いのきっかけとなった架空の本のタイトルです。
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雑草社『ぱふ』1983年9月「特集 清原なつの」号p37(左)と、清原なつのさん『花岡ちゃんの夏休み』1979年RMC(右)。

清原なつのファンという共通点があったのですね。
ロバートブラウンを飲みながら清原なつのさんや
他のマンガの話をしていた筈ですが、詳細は覚えていません。
ただ、妙にお姉さんになつかれて楽しかった記憶がうっすらとあり。
それきりだったのですが、いい思い出ですね…。
「花岡ちゃんの夏休み」を今読み返してみると、
若ハゲの簑島さんにエールを送りたくなります(苦笑)。

自分が少女マンガを買っていたのは小さな本屋さんでしたが、
駅前のビルにはもっと大きな本屋さんがありました。
こちらもよく利用しましたが、目立つので少女マンガは買いにくく。
店の真ん中に「マンガ少年別冊 火の鳥」シリーズが
ずらっと平積みされていた光景が印象に残っています。

手塚治虫さん「月刊マンガ少年別冊 火の鳥 4 鳳凰編」1978年、朝日ソノラマ。

目立つところに置いてあったので立ち読みしずらかった…けど、ちょっと読んだかも^^;。
竹宮恵子さん「マンガ少年別冊 地球へ…」も立ち読みで読了。
本屋さんみなさま、色々読みしましたすみません…。
(昔は子供がマンガを立ち読みするのに寛容な本屋が多かったですよね)
お金が出せるようになってからは、どちらも買っております。
マンガ少年別冊ではありませんが(あれ、大きくて良かったな…)。

竹宮恵子さん「月刊マンガ少年別冊 地球へ…第3部 総集編」1979年、朝日ソノラマ

ねこねこ横丁」というサイトで、
清原なつのさんが「じゃあまたね」という自伝的マンガを連載中ですが、
「火の鳥」との出会いも描かれていました。
COM名作コミックス版ですので、自分より一つ時代が昔のもの。
「じゃあまたね」を読んでいて、時代は違うのですが、あー、似ているな…と思ったりして、
自分の子供の頃を思い出したりします。
書きたいことも色々出てきてしまう…またどこかで。

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2017年4月 5日 (水)

少女マンガを買っていた小さな本屋さん

自分が「りぼん」を買っていたのは、街の小さな本屋さんでした。
奥にレジがあって、優しそうな初老の女性が
黙ってにこやかに対応してくれるので、買いやすかったのです。
きっと少女マンガを買いに来る少年として覚えられていたでしょうね…。
確かもう20年以上前にその本屋はなくなっています。
お世話になりました。

あの本屋のカバーがどこかに残っていたはず…と探してみたら、1冊だけ残っていました。
大島弓子さん『綿の国星』2巻です。もはやこの傷んだカバーが宝物…。

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しかし、「綿の国星 PART2 ペルシャ」が描かれた頃は、
まだイラン革命前だったのですよね…今読むとそんなことを考えてしまう。
白泉社系で初めて買ったコミックスが『綿の国星』だったと思います。
そのきっかけがどこから来たのか、もはやはっきり覚えていないのですが、
おそらく谷山浩子さん方面からではないかと。
大島弓子さんには、かなり早い時期に出会えていました。

その後、自己投企ブーム(?)のようなものがありまして、
まあ「りぼん」買っている時点で既にアレなのですが、
突然ギターを買ってかき鳴らし始めたり、新聞作ったり、ありがちな展開。
そうすると、バンドに誘われたり、交友関係が広がりまして。
(注:男子校ですので男子ばかりです)
そういう仲間には、少女マンガを含むマンガ読みが結構多く。
自分が『フランス窓便り』のコミックスを持っていると
「君は田渕由美子を読むのか!?」と声をかけてくれる先輩がいたり。

その頃の交友関係からの流入は多岐にわたり、
白泉社系・少女コミック系の少女マンガあれこれ、
青池保子さん「エロイカより愛をこめて」は秋田書店系、
大友克洋さん「気分はもう戦争」、吾妻ひでおさんとか
SFとか奇想天外とか×××とか…もう駄目ですね(^^;)。

ところが、これだけの洗礼を受けながら、まだ三原順さんには出会っていません。
明らかに「はみだしっ子」を読んでいたはずの人たちもいたのに。
その理由は2015年の三原順復活祭でやっとわかった気がしたのですが、
みなさん、三原作品はこっそり読んでいて、人に教えたくないものだったと。
なるほど…。
まあ、自分が男子主人公の少女マンガに手を出さなかったせいですけどね。

そんな訳で、三原作品との出会いは次のステージになります。

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