2018年7月16日 (月)

普通救命講習

東京防災救急協会の普通救命講習を受講してきました。
http://www.tokyo-bousai.or.jp/lecture_kousyu/

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事前に申し込みをし、コンビニ等で教材費を払って、当日会場に持っていきます。
会場は防災館の体育館。エアコンの利き目も限界のようで、それなりに暑い状況。
休憩をはさみながら3時間、講習中も遠慮なく水分補給するようにと。
祝日ということもあるのでしょうか、参加者は10代から60代くらいまで幅広く、
男女比は6:4くらいだったでしょうか。若い参加者も目立ちます。

まずはテキストを読みながらの講習、そしてすぐに実技。
人形相手に心肺蘇生・人工呼吸、練習から更に2セット、結構体力を使います。
休憩後はAEDを使った実践的な講習。AEDを持ってきたけれど使い方が分からないという人に手伝ってもらいながら、
胸骨圧迫と気道確保をなるべく止めずにAEDの装着とAEDの判断に従った行動を取る訓練を受けます。
AEDは電源さえ入れれば音声ガイドに従って誰でも使用できるとは言われるものの、
いざ使うとなるとどうしてもしり込みしそうです。
人形相手の研修でも、1度でも使っておいてみて良かったと思います。

いくつかある応急手当講習会の中で一番初歩的なものではありますが、
実際に心肺蘇生・人工呼吸・AEDの実技指導を受けられますし、
1400円という受講費は安いと思いました。

最後に「救命技能認定証」を受け取って終了。
みなさん暑い中、真剣に受講されていたのが印象的でした。

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「物語を創る・描く」

女子美術大学オープンキャンパス特別講演、萩尾望都先生漫画の世界「物語を創る・描く」を聞きに行って参りました。

以前、イルカさんとの講演があったのと同じ教室です。
 

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http://www.joshibi.net/media/oc2018/lecture/

取り上げていた作品は手元のメモでは、
「ビアンカ」
「トーマの心臓」
「マージナル」
「銀の三角」
「スター・レッド」
「柳の木」
「ポーの一族」
あと、質問の際に
「11人いる」
「エッグ・スタンド」
も。

メモからいくつか。
「トーマの心臓」…今なら大人の感情が入ってしまうので、違う展開にしてしまうかも知れない。
「マージナル」…女だけが生き残った世界のSFをヒントに、男だけにした。頭の中でキャラを育てると、キャラ同士が頭の中で会話を始めてくれる。
「スター・レッド」…3日後に予告を出すと言われタイトルをまず先に、当時スター・ウォーズが流行っていたので、とりあえずスターで始めた。
「柳の木」…表紙はネタバレにならないよう、敢えてシンプルにした。

そして、「ポーの一族 ユニコーン」、月刊flowers(フラワーズ) 2018年7月号の冒頭について。
当初はミュンヘンのマリエン広場の絵から始まるものだったが、カラー3ページということで、流れを変更した、というお話と共に、元々はどういう流れだったかを、その場で2ページほどサラサラと描いて下さいました。
そして、これだと冒頭のカラーページに主人公エドガーが入らないので、変更したのだと。
扉の前にページを置くのは割と好きで、その後見開きの扉で好きな絵を描きたかったと。
見開きの扉は現在公式サイトに掲載されている絵ですが、
http://flowers.shogakukan.co.jp/rensai/poenoichizoku-unicorn.html
これは、マリエン広場のからくり時計っぽい雰囲気を意識して描いたのだそうです。素敵ですね。
今回もエドガーとアランは頭の中でたくさん会話してくれた、長い間放っておいてごめんね、と。
ただ、「続きはまた来年」「しばらくアランはトランクに入ったまま」というお話でちょっとショック(苦笑)

以上、全く書ききれないくらい色々なお話を聞くことができ、濃厚な1時間でした。
ありがとうございました。

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2018年7月 9日 (月)

一年

父の死から一年になります。
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2019年までの日記帳、2017年5月28日「今日から能登半島へ旅行」が最後。
カメラ好き最後の愛機EOS Kiss X7i、残された最後の写真は金沢駅。
歩けなくなった父に頼まれ買いに行った「週刊新潮」、創刊から愛読していた。
定期入れには相方の名刺、お守りのように。
痛み止めの薬で朦朧とした意識の中、何かを書きたいペンの跡。
かろうじて私の名前と感謝の言葉を見つける。

ふがいない息子ですみません。
今日は少し泣くことを許してください。

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2018年7月 1日 (日)

CROSS EYED PIRETS

三原順メモノート第7集に「CROSS EYED PIRETS」という項目を追加しました。
久しぶりに読み返してみると、気づくことも有ります。

また、2018年、劇団スタジオライフが「はみだしっ子」の舞台続編を上演します。
昨年2017年の「はみだしっ子」舞台は、DVDが販売されいるようです。
http://www.studio-life.com/
その前に、吉田秋生さんの「カリフォルニア物語」の舞台化もありますね。
久しぶりに読み返してみるのにも、いい機会だなと感じます。

いろいろと、うまく行きますように。

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2018年6月15日 (金)

野のピアノ

アニメ「ピアノの森」を見ていたら、去年ワルシャワでショパンの生家など行ったことを思い出していました。

もう何か随分遠いことのように思えてしまいますが、まだ1年経っていないのですね。

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もう一つ、昔読んだ童話を思い出していました。
森に放置されたピアノがあって、けれど蓋は開かず、皆通り過ぎる。
ある日、事故で指を1本なくし、絶望してピアノを弾くことをやめたピアニストが通りかかる。
ピアノは彼に呼びかけ、彼が触れると蓋は開く。
彼はピアノを奏で、そして9本指のための曲を作ろうと思う。
…そんな話だった気がして。

探してみたら、見つかりました。
竹下文子『星とトランペット』(講談社「青い鳥文庫」1982年)所収「野のピアノ」で、
ストーリーは概ね記憶通りでしたが、森ではなく原っぱでした。

「ひなぎくのさく野原のまん中に、ふるいピアノがありました。

 なぜ、いつから、そこにピアノがあるのか、だれも知りません。」

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いつか自分もこんな話がかけるようになったらいいなと感じて、
記憶に残っていた気がします。

いつかなんて日は来ないのだろうけれど。
本棚の奥から、見つかってよかったです。

「そうだね。ぼくは、ぼくにしかつくれない曲を作ろう。
 ぼくには、まだ九本の指がある。
 この指で、やさしいやさしい曲をひこう。
 十本の指先に心を集めるのはむずかしかった。
 だけど、九本なら、すこしやさしいかもしれない。
 一本分だけ、やさしいかもしれない」
(竹下文子「野のピアノ」より)

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2018年5月28日 (月)

みちくさ日記

昨年色々あってから、長いことマンガを読めませんでした。

時間がないというより、手には取ってみるのですが、精神的に何かマンガを楽しめず、
マンガの世界に没入できず、集中して読み続けることが出来なかったのです。
ずっと以前にもこういうことはあったのですが、久々の経験。

そんな時、ふと手にしたのが道草晴子さん『みちくさ日記』(リイド社、2015年)でした。
相方が買って読んでいて、自分も読みたいと思って借りたままになっていた一冊です。
内容的には、帯の紹介そのままですが、こんな感じです。
「“13歳の天才”として「ちばてつや賞・優秀新人賞」を受賞するも、
 ほどなく精神科病院に入院した少女の、
 15年間に渡る涙と笑い、そして再生の記録」

自分のテンションに無理のないマンガだったからでしょうか、
通勤途中にちょっとずつ読み続け、気づくと読み終わっていました。
「絶望の先に希望を描くようなストーリーを」という
ちば先生の言葉が生きている感じで、素敵な読後感でした。
それから少しずつ、他のマンガも読むようになり、
徐々に楽しんで読むことも出来るようになってきています。

去年の思い出とともに、なんとなくしみじみする本になりました。

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2018年3月 1日 (木)

三原順さんに花束を2018

今年も、春の「三原順さんに花束を」ページを設置しました。
http://mihara.to/flower/2018/

今回は月のイメージにしました。
なぜ豚が…というのは、ムーンライティングだから、ということで。

昨年末から激しく忙しくなってしまい、私生活含めいろいろ滞っています。
が、もうそろそろ抜け出せるかもしれない…。
『charlotte sometimes vol.2』は、すみません、まだちょっと無理かも。
いつか作ります。必ず。

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2018年1月14日 (日)

ポーの家族

萩尾望都さんの『ポーの一族』は、小学館フラワーコミックス版を持っていました。
Img_8854_2 35年くらい前、古書店で5巻揃いで買った記憶です。
萩尾望都さんのコミックスは、当時すでに新書・全集・文庫など様々なサイズで
あちこちの出版社から刊行されていました。
当時は今よりずっとお金がなく、どれを買えば効率よく全作品が読めるのか、
「ぱふ」の情報などを元に手書きの作品リストを作って古書店をさまよっていました。

数年前、ふと読み返したくなって自分のコミックスを探しました。
しかし、『トーマの心臓』や『スター・レッド』はすぐに見つかるのに、
『ポーの一族』はどうしても5巻しか見つからず、1~4巻がありません。
大学時代に誰かに貸してそのままになってしまったか、
部室に置き忘れてきてしまったか、
そんな風に諦めていました。

昨年の夏。
父の葬儀など色々あり、実家に親戚が集まる機会があり、
両親が持っていた古いアルバムを何冊か、話の種に出しておきました。
皆様懐かしそうに見て行かれました。
その中に、兄の娘が生まれて間もない頃のアルバムがありました。
両親が赤ちゃんに会いに兄の家に行った時の写真でしょう。
日付は1992年3月。
よくある家族の写真です。

ぼんやりとそのアルバムを眺めていたら、ふと、
兄の本棚に『ポーの一族』のフラワーコミックスが並んでいるのに気づきました。
しかも1~4巻だけ、5巻がありません。
…めちゃくちゃ怪しい。
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「ねー、これ、ボクのだと思うんだけど…」

かくして昨年末、自分の手元に『ポーの一族』の4冊が帰ってきました。
5冊揃うのは27年ぶりくらいでしょう。
ボロボロのコミックスだけど、愛着を感じます。

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1992年に東京の賃貸で暮らしていた兄の一家は、その後転勤で大阪に数年間住みます。
大阪の東よりでしたので阪神淡路大震災の被害はあまりなかったようですが、
揺れには驚いたと話していました。
その後、関東勤務に戻り、マンションを買って長くなります。
マンガを勝手に持って行かれていたことはヤレヤレですが、
不要なものはさっさと捨てる兄が、
数度の引っ越しや地震を経て大事に持っていてくれたのは良かったです。

昨年は色々なことがあったけれど、嬉しかったことの一つ。
永遠の命はないけれど。
はるかなる一族に寄せて。

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2017年8月 6日 (日)

わが闘争

昭和四年生まれの父は、敗戦の影響で大学に行けなかったと話していました。
祖父のシンガポールからの引き揚げもまだで、米一俵の入学金が払えなかったと。
それで精神的におかしくなっていた時期があるんだと、
年をとってから話してくれました。
70歳まで働き引退した父は、
どうして日本や世界はあんなことになってしまったのか、
自分はちゃんとした教育を受けることが出来なかったけど、
それを知りたい、と話していました。
元々読書好きの父は、狭い自宅に本を増やさないようにと、
図書館に足しげく通い、本を借りて読むようになりました。
父は最期まで本を読み続けていました。
遺された読みかけの1冊は、アドルフ・ヒトラーの『わが闘争』です。
最初は図書館で予約していたのが、もう取りに通うのが辛くなってきたのか、
アマゾンで購入していました。
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6月に自分がポーランドに行ってくると言ったら、
「アウシュヴィッツに行くのか」と言われました。
旅行先で自分が撮ったビデオを、父はいつも熱心に観てくれました。
帰ってきたら、アウシュヴィッツのビデオを見ながら、
何故ヒトラーの『わが闘争』に人々は熱狂したのか、
その理由について、
父の意見を聞けるのを楽しみにしていました。
しかし、父の最期は当初の医者の宣告よりあまりにも早く、
結局、父の意見は聞くことが出来ませんでした。
「ぼくらは、いつも、手おくれでなければならないのだろうか?」
『影の獄にて』のロレンスの言葉が頭に繰り返されています。

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2017年7月11日 (火)

怪獣

幼い頃、ウルトラマンはじめ怪獣特撮が大流行でした。
今でも懐かしく見ることがありますが、当時はずっと真剣に見ていました。
ある晩、怪獣が出てくる夢を見ました。
怪獣が叫びながら、こちらの方に近づいてきます。
逃げながら見上げるうちに、目が覚めました。
あーよかった、夢だったんだー。
そう思った次の瞬間、怪獣の声がまた聞こえて来ました。
どうしようと、怖くなって、けれどすぐに、それは父のイビキだと気づきました。
昔から父のイビキはひどく、母によく文句を言われていました。
特に酔って寝た時のイビキは大きく、それが子供部屋まで響き、怪獣の夢になっていたのです。

父の介護ベッドの横の床で寝ていて、ふとそんなことを思い出しました。
怪獣は時々大きなイビキだったり小さなイビキだったりを繰り返し、やがて静かで永い眠りに着きました。
目を閉じると怪獣は、昼寝している父にそっくりになりました。

7月9日、父、永眠。

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