2018年11月10日 (土)

「三原順 原画展 Four Seasons ~三原順の四季~」無事終了

2018年10月30日~11月4日に大阪スタジオクートギャラリーで開催の
「三原順 原画展 Four Seasons ~三原順の四季~」は無事終了しました。

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想定していた入場者数を4割ほど上回る盛況で、小さなギャラリーは静かな熱気に包まれていました。
自分の持っている懐かしいグッズをお持ちになる方、熱心に感想ノートに思いを記していく方、
原画を前に涙ぐむ方、カフェで静かにBGMに耳を傾ける方、みなさま心に残っています。
たまたま、あさぎり夕先生の訃報をネットで探していたら、偶然に三原順原画展の情報を見つけ
慌てていらっしゃった方もいらっしゃいました。
原画展でスタジオライフの上演を知り当日券で観に行った方もいらっしゃり、
また逆に、スタジオライフファンの方が見にいらして、原作も読んでみますと言っていただけたのも嬉しかったです。

Am Dm Bm Cm Es Fm_2 Gm

劇団スタジオライフの倉田淳さん、藤原さん、そして稽古の休憩時間に足を運んでくださった役者さんたちにも感謝です。
皆様にサインいただきましたチラシは大人気でした。

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何度か、「立野さんて男の人だったんですか」と驚かれました。
15年位前まで、立野が東京でオフ会に行くたびにしばしば言われていていましたが、
ずいぶんと久しぶりです。それだけ、今まで届かなかった方たちに届いたのだと思います。
関西で開催したことは有意義だったのだと改めて感じました。
いらしていただきました皆様、そして来られずとも遠方で見守って下さったファンの方々に感謝です。

関西でのスタッフの方たちにも感謝です。
関西で初めての三原順原画展を、知っていれば行ったのにという方が一人でも少なくできるように、
事前にあちこちにチラシを置いてまわってくださったり、情報サイトへの掲載依頼など
積極的に進めて下さった方に感謝です。
土日の混雑を乗り切ることができたのも、
狭いスペースでの物販に日々工夫を加え改善していただけた
スタッフの皆様のおかげです。
スタジオクートギャラリーのオーナーの方は、壁の補強から設営のお手伝いまでしていだいて、
会期中も何かと楽しみながら支えてくださいました。
素敵な場所と出会えたと思っています。

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好評であったオリジナルグッズの製作には、旧知の三原ファンの方たちに
デザイン等ご協力いただきました。
図録の編集では徹夜の校正と更には会社を休んでお付き合いいただいた方もいらっしゃいます。
劇団スタジオライフさんも「はみだしっ子」グッズを作っているのに、
私たちのグッズが本当に売れるのだろうか、不安のまま迎えておりましたが、
最終日には売り切れとなるグッズもでてきてしまい、嬉しい悲鳴でした。
会場で売り切れのためご購入いただけなかった皆様には申し訳ございませんでした。
通販にあたり増刷も検討しておりますので、公式の発表をいましばらくお待ちください。
http://mihara.to/database/2018osaka-genga.html

今回は私たちが作った初めての原画展でもありました。
小さなギャラリーとはいえ、額装など作品の扱い、借用と保険の手続きから原画の返却まで、
出来る限りではありましたが、きちんとすることを大事にしてきました。
それらのご指導をくださった方たちにも感謝しております。

会場の謝辞の冒頭は、三原順さんのお兄様のお名前にさせていただきました。
1999年、私たちが札幌の三原順さんのマンションにお邪魔した際に、
妹である三原さんの思い出を懐かしそうに楽しそうにお話しいただけたことを覚えています。
2000年に三原さんのマンションを引き払う際に、
私たちに託してくださいました三原順さんのご遺品の一部を、今回展示するに至りました。
お兄様も既に故人となってしまいましたが、感謝の気持ちは忘れません。
ありがとうございました。

以上、原画の返却も完了し、まだ事後処理も残っておりますが、
ひとまずは無事終了の報告でした。

開催に至るまで、様々なことがあり、寝る暇もないくらいずっと大変で、
相方には何度か「もうだめ、無理」と泣かれ挫折しかけ、
あともう少しだからと励ましながらやってきました。
東京に帰るなり仕事も忙しく、未だ疲れも回復せず、戻ってきた荷物は家の中でごった返しのまま。
ゆっくりふり返る間もなく、ご報告が遅れました。
自分もあまりの心労・疲労で、原画展が終わったらしばらくは姿をくらまして消え去りたい気持ちでいました。
けれど、原画展の会場で、「原画展を開いてくれてありがとう」「関西で開いてくれてありがとう」と
皆様からお声がけしていただいたことを、夢のように思い出しています。
そして「これからですね」と言われたことも。

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今回、「Sons」最終回のイラストで作ったお持ち帰り用のショッパーが好評だったことも嬉しかったです。
最初はオレンジのトートバッグで提案して、見積もりまで取ったのですが、
単価も高いしロットが厳しく「はみだしっ子」ならともかく「Sons」で売れるの?
残ったら在庫はかさばるし、布では細かい印刷が出ないかも?となり一度は断念。
それでも自分がどうしても欲しくて自腹でもいいからと改めて無料のビニール袋で提案しなおし、
過労の相方が印刷所とやりとりしながら2回データを直して入稿してくれて、やっとできたものです。
自分が欲しくて作ったものですが、綺麗に刷り上がって、皆様に喜んでいただけて、嬉しかったです。

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2018年10月28日 (日)

大阪「三原順 原画展 Four Seasons ~三原順の四季~」追加情報3

図録が刷り上がりました!
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ショーケースで、三原順さんのカセットテープ(46分16曲)を1本展示します。
2015年の復活祭で展示したものとは違うもので、会場の雰囲気に合わせ
明るめの洋楽中心のテープを選びました。(図録に明細載せております)

ギャラリー併設のカフェのBGMに、これをかけさせていただけそうです。
展示するカセットテープから収録した16曲に、三原作品に関係する24曲をセレクトし、
全40曲、約2時間で一周します。

テープから起こした音源はノイズもありますが、それも含め
三原順さんの音楽としてお楽しみください。

カフェスペースには、店内のみ閲覧可能な三原関連のファイルや本を
少しだけ置かせていただきます。
お時間ございましたら、おいしいコーヒーでもいただきながら、ゆっくりお過ごしください。

★スタジオクートカフェ
http://coote.club/?tid=4&mode=f4
コーヒー400円~
ランチタイムはカレーなどあります。

■charlotte sometimes vol.1.9配布
フリーペーパー「charlotte sometimes vol.1.9」を会場にて配布します。
こちらに、BGM全40曲のセットリスト掲載しております!

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2018年10月26日 (金)

大阪「三原順 原画展 Four Seasons ~三原順の四季~」追加情報2

外壁展示用のパネル1点、公開です!
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グッズ「おくすり手帳」については刷り上がりが届きました!
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他のグッズについて、なかなか紹介できずすみません。
初日の午前中着のものもあり、ギリギリ進行です。

■遺品展示・図録について補足
2015年「三原順復活祭」で展示されておらず、今回初展示となるノートがあり、
未発表作品(投稿時代作品と推定)のネーム一部が展示されます。
ショーケースの都合により、B5ノートは「もうひとつの時」が描かれたノートと、
3日ずつの入れ替え展示になりますが、
図録には双方の主要なポイントを収録してあり、貴重な資料となるでしょう。

■通販について
会期終了後に図録・グッズの通販を検討しております。

■展示の巡回について
現状未定です。

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2018年10月18日 (木)

大阪「三原順 原画展 Four Seasons ~三原順の四季~」追加情報

立野が入手している予定情報です。

■原画展示
カラー28点、モノクロ16点。
カラーのうち5点は、2015年「三原順復活祭」で展示されておらず、今回初展示です。
モノクロはほとんど初展示です。

どれも素晴らしいですが、個人的な注目は、
今回初展示となる大きいカラー原画2点と、
「つれて行って」開始直前の初回の予告カットです。
グレアムとクークーが描かれているのですが、
雑誌掲載時は文字が上にのり絵が隠れていて、
絵全体が描かれたままの姿で世に出るのは、おそらく今回が初めてです。

■遺品展示
三原さんのノート類数点、梅皿、筆、シャープペン、ペン立て、カセットテープ。
2015年「三原順復活祭」で展示されておらず、今回初展示となるノートもあります。

■撮影・SNS投稿等
会場内、他の来場者に配慮して遠景のみOK、接写&フラッシュ禁止。
外壁にパネル展示あり、撮影自由。
SNS投稿は自由。

■図録
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A4フルカラー24ページ。予価1000円。
絵や解説の記録が欲しい方は是非。

■オリジナルグッズ
クリアファイル:3種類、予価各400円。
おくすり手帳:1種類、予価500円。
メガネ拭き:1種類、予価500円。

※支払いは現金のみ。

■開催告知ページ
http://mihara.to/database/2018osaka-genga.html

※公式がアップアップのため、主催者のチェックを受け投稿しております。

PS.
2015年の「三原順復活祭」の時を思い出す、強烈な忙しさです。
開催まで2週間を切り焦っておりますが、出来る限り情報を展開します。

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大阪「三原順 原画展 Four Seasons ~三原順の四季~」開催

プレスリリースです。

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『はみだしっ子』『ルーとソロモン』などのヒット作を生んだ伝説のマンガ家・三原順の関西初の原画展を、デビュー45周年及び、劇団スタジオライフ公演 舞台版「はみだしっ子~in their journey through life~」の大阪公演(11/2(金)~11/4(日)於:ABCホール)の日程にあわせ、10月30日(火)~11月4日(日)の会期で大阪・福島のスタジオクートギャラリーで開催いたします。カラー・白黒合わせて約40点の貴重な原画が初めて大阪で展示される希少な機会です。

三原順は、1995年に42歳で惜しまれつつ病没しましたが、その後も、読者が全作品の刊行を求める署名活動を行い、文庫化が実現するなど、今もその魅力が多くの人に支持、再発見されています。

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【三原順 原画展 Four Seasons ~三原順の四季~」開催概要】

日程:2018年10月30日(火)~11月4日(日) 無料
時間:12:00~19:00 最終日の4日は17:00まで
会場:スタジオクートギャラリー
   〒553-0003 大阪府大阪市福島区福島1-5-18 Tel.06-4981-9061
併設のカフェ営業時間は11:00~19:00。月曜定休。
主催(連絡先):エムデコ(担当:合田)
2018osaka-genga@moonlighting.jp
http://mihara.to/database/2018osaka-genga.html

[展示内容]
本展は「四季」をテーマに、「はみだしっ子」「ルーとソロモン」「Sons」の作品から、春・
夏・秋・冬を感じる三原順の原画約40点をセレクト。うち数点は今回初展示。
連載雑誌の付録カレンダーとその原画も展示し、三原順が描いた「四季」の魅力を再認識する。
遺品のペンやノートなど、生前の三原順さんを感じさせるコーナーや、オリジナルグッズ販売もある。

[作家プロフィール]
三原順(みはら じゅん)マンガ家。本名・鈴木順子。1952年10月7日札幌市に生まれる。
1973年、集英社『別冊マーガレット』掲載の「ぼくらのお見合い」でデビュー。
1975年から1981年まで白泉社『花とゆめ』に連載された「はみだしっ子」シリーズが代
表作。他の作品に「ルーとソロモン」「Sons」「X Day」など。
1995年3月20日、遺作となった「ビリーの森ジョディの樹」を執筆中、病気のため42歳
で死去。
2015年、明治大学 米沢嘉博記念図書館で『~没後20年展~三原順 復活祭』が開催され、
多くのファンが集った。

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2018年9月 2日 (日)

「祈り」三部作

岩波ホール創立50周年記念特別企画「祈り」三部作を観ました。
ジョージア(グルジア)のテンギズ・アブラゼ監督の『祈り』1967年、『希望の樹』1976年、『懺悔』1984年の3作、いずれもソ連統治下の映画。
http://www.zaziefilms.com/inori3busaku/

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全国巡回するようですので、これから観る方もいらっしゃるでしょう。
http://www.zaziefilms.com/inori3busaku/theaters/index.html

以下、ネタバレ注意です。

■『祈り』1967年/白黒/78分

ジョージアの作家・詩人ヴァジャ・プシャヴェラの叙事詩「アルダ・ケテラウリ」「客と主人」の2篇を元に映画化したもの。
「アルダ・ケテラウリ」の舞台はジョージア北東部の山岳地帯ヘヴスレティ地方にあるシャティリの村。
現在ロシア連邦の一部であるイングーシ共和国、チェチェン共和国との国境近くにあるヘヴスリの人々(ジョージア人、キリスト教徒)の村です。隣接するキスティの人々(イングーシ・チェチェン人、イスラム教徒)の村とは争いが絶えない。
アルダはキスティの男と勇敢に戦い倒すが、相手の勇敢さに敬意を表し死者を丁寧に扱う。
しかし、ヘヴスリの人々はこのことが因習の掟に反すると怒り、アルダの家を焼き払い追放してしまう。

「客と主人」の舞台は、国境を挟んだロシア側、キスティの人々が暮らすジャレガの村。
キスティのジョコラは霧深い山で狩りで道に迷った男に出会い、客人として家に招く。
客人を手厚くもてなす風習に従い、丁寧にもてなす。
しかし、その客人は多くのキスティの命を奪ったヘヴスリの男だった。
ジョコラは敵とは言え丸腰の客人を売ることはできない、家を出るまで待てというが、
村人たちはジョコラの家を襲い、ヘヴスリの男を殺す。
ジョコラの一家もまた村を追われ死を遂げる。

2つの叙事詩は、いずれも信仰や民族の異なる相手に敬意を払い、因習のもと悲劇に終わるもの。
しかし映画の冒頭には、「人の美しき本性が滅びることはない」という
ヴァジャ・プシャヴェラの詩「我が嘆願」の一節が朗読されている。

詩・映像とも、霧の描写が美しい。
「霧を寄せ集めた涙は神の命じたもの。」(「アルダ・ケテラウリ」)
「朝になり、夜を泣き明かした霧は、翼を畳み、
 白布を頭に巻いて山々の上で眠っていた。」(「客と主人」)

■『希望の樹』1976年/カラー/107分

ジョージアの作家ギオルギ・レオニゼが1962年に発表した短編集をもとにした映画。
20世紀初頭、革命前の激動する時代、東ジョージアのカヘティ地方が舞台。
映画の冒頭、レッドポピーの咲き乱れる野原の中で、白い馬が死んでいく。
ここは古戦場でここの草を食べさせてはいけないと長老は言う。
戦場のあとにレッドポピー…第一次世界大戦のイーペルを思い出す。印象的な冒頭。
村で暮らす様々な人たちの姿と、そして牧童の青年ゲディアと美しいマリタの恋が描かれる。
しかし、マリタは裕福な家に嫁がされ、二人の恋は引き裂かれる。
マリタが結婚後もゲディアを愛していたことを知り、マリタは村中を引き回され、泥の中で亡くなる。
希望の樹を探していた夢想家の村人は命を落としている。

マリタの暮らした家の廃墟に、ザクロの樹が赤い花を咲かせている。
「ほこりとごみにまみれた所にこれほど美しい花が咲くとは。
 美しさはどこから来るのだろう。どこへ行くのか。どこに消えるのか。
 しばし姿を隠すだけなのか」

■『懺悔』1984年/カラー/153分

主な撮影場所はバトゥミというジョージア西部黒海沿いの待ちのようですが、架空の地方都市が舞台。
元市長の墓が何者かに暴かれ、遺体が遺族の家の庭に置かれる。埋めてもまた同じことが繰り返される。
やがて犯人の女が捕らえられ、裁判にかけられる。
女の口から、自分の両親を含め、多くの無実の市民が元市長による粛清で強制収容所送りになった歴史が語られだす。
元市長の息子は、女の訴えの真実を認識しながら、策を講じて女を精神病院行きにしてしまう。
それを知った孫の少年は、こんな家はもうたくさんだと叫び、悲壮なラストへと続く。

個人的には、三原順「Sons」を思い出していました。

見終わった最初の感想は、よくこの映画をソ連統治下で撮れたな…でした。
パンフレットの解説を読むと、いくつか経緯が書かれていました。

当時のジョージア共和国第1党書記が映画を支持していて、
映画でなく検閲が必要ないテレビドラマとして撮影するよう助言したこと。
孫の少年役の役者が1983年10月に国内線のハイジャック事件を起こしてしまい、
スタッフも作品も疑われて撮影が一時中断したこと。
1984年にやっと映画は完成したが、KGBから「反ソビエト的」とされ、公開できなかったこと。
押収を恐れてコピーをとったビデオテープが出回って、それを見て検挙された人も多かったこと。
別のタイトルが書かれたフィルム缶に『懺悔』のフィルムを忍ばせモスクワに運んだこと。
公開された映画はペレストロイカの象徴となったこと。

やはり、様々な困難があったのですね。
前作の『希望の樹』では革命を待ち望む村人も描かれ、ソビエト的には問題ない感じでしたが、
『懺悔』はスターリン時代の粛清を批判するような内容でしたので。

パンフにはこんな監督の言葉も載っていました。

「私たちは血なまぐさい方法で、長い間、善良さを根絶やしにしてきたことの報いを受けています。
 自分の過去を葬った者は、現実に近づくことも、未来を見ることもできないのです。
 最大の罪は恐怖なのです。」

■ヴァジャ・プシャヴェラ作品集

ヴァジャ・プシャヴェラの日本初の訳本が出ていたので買ってみました。

ヴァジャ・プシャヴェラ著・はらだたけひでイラスト・児島康宏訳
『祈り─ヴァジャ・プシャヴェラ作品集』
2018年、冨山房インターナショナル

映画になっているもの含め叙事詩3篇
「アルダ・ケテラウリ」
「客と主人」
「蛇を食う者」
3つの散文の短編
「仔鹿の物語」
「ヤマナラシの木」
「カケスの結婚式」

以上の日本語訳が収められています。

散文の方は動物や木が主人公で、童話のような感じです。
最後のカケスの話だけハッピーエンドな感じでしょうか。

立野は「ヤマナラシの木」が印象的でした。
山のてっぺんで一本だけ生えたヤマナラシの木が主人公。
孤独でさみしくて、遠くの森でヤマナラシがたくさんあるのを、
いつもいいなぁと思いながら兄弟たちに会いたいと思っていて。
飛んできたたった1枚のヤマナラシの枯葉を宝物のように持っていたり。
鳥さんが巣でも作ってくれないかなと思っているけど、
山のてっぺんのヤマナラシの木の周りは放牧に来た人の休憩場所でもあり、
そんな人が来る目立つところに巣を作る鳥もいなく。
そんなヤマナラシの木は厳冬に苦しんだ人々の最後の薪にされ感謝されるのですが、
「最後にヤマナラシは感謝されたが、その感謝をもう自分では感じることができなかった」
と終わるのです。

これだけ読むと、なんの報いもない話のようにも思えますが、死後に作品が評価された画家たちも、同じようなものと言えばそうであったのではないかとか、そんなことを考えてしまいました。

■1984年といえば

立野が初めてタルコフスキー監督の映画を観た年の気がします。
あの頃はまだ、ベルリンの壁が崩壊するとは思ってもいなかった頃で、
ソビエト映画といえば直接的な政府批判が出来ず抽象的なものが多かった気がします。
そのころに、『懺悔』のような映画がすでに作られていたことは、少なからず驚きでした。

そういえば、タルコフスキー監督『ストーカー』を観た後、
谷山浩子さんがオールナイトニッポンで『ストーカー』を観てきた話をしていて、ありゃ、同じ上映会で見てたのかと思った記憶があります。

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岩波ホールでは秋に「ジョージア映画祭」もあり、こちらもいくつか見てみたいと思っています。

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2018年8月19日 (日)

宵待草

弥生美術館「文豪・泉鏡花×球体関節人形」へ。
人形作家さんたちがクラウドファンディングして実現したのですね。

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そして、竹久夢二美術館「明治の夢二」展。
竹久夢二の「宵待草」の歌と語りのイベント有り。

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「宵待草」は、明治末の千葉県銚子での「ひと夏の恋」から生まれたのだと。
海鹿島から君ヶ浜への細い道での出会い。
銚子生まれの私の母は、昔時々「宵待草」の歌を歌っていた。
この歌が銚子で生まれたと知っていただろうか。

次回の「一条ゆかり展」のチラシや、
10月に原宿である萩岩睦美さんの再原画展のポストカードもいただいてきました。
どちらも行きたいな。
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2018年8月12日 (日)

長くつ下のピッピの世界展

東京富士美術館で開催中の「長くつ下のピッピの世界展~リンドグレーンが描く北欧の暮らしと子どもたち~」に行ってきました。

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日本・スウェーデン外交関係樹立150周年記念
「長くつ下のピッピの世界展~リンドグレーンが描く北欧の暮らしと子どもたち~」
東京富士美術館:本館・企画展示室
http://www.pippi-ten.com/

「スウェーデン王立図書館所蔵、ユネスコ“世界の記憶”に登録された『長くつ下のピッピ』等の貴重な原画をはじめ、
スウェーデン、デンマーク、エストニア他より、「ピッピ」「ロッタちゃん」「やかまし村」シリーズ等の原画や、
オリジナル原稿、愛用品など約200 点が出品され、その多くが日本初公開」

「リンドグレーンがタイプし、愛娘の10歳の誕生日に贈った『長くつ下のピッピ』原稿がスウェーデン国外に初出展!」

これは凄い、リンドグレーンさんが1944年に娘のために手作りした本の本物が来てるんですね。
リンドグレーンさんの作品では、バムセが出てくる「ロッタちゃん」シリーズの方が個人的には推しなのですが、これはもう行くしかないな…と。

八王子からバスで富士美術館へ。

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展示冒頭のリンドグレーンさんの文章にいきなりつかまります。

「本を手にした子どもはひとり、魂の秘密の空間に、自分だけの絵を描きます。
 そうした絵は、何にも勝るものです。人間には、このような絵が必要です。
 子どもたちの想像力が絵を描けなくなる日は、人類が貧しくなる日です。
 世界で起きたあらゆる偉大なできごとは、
 初めは誰かの想像の中に生まれました。
 明日の世界がどんなふうになっているか、その大部分は、
 今まさに読むことを、学んでいる人たちの想像力の大きさにかかっています。
 だからこそ、子どもたちには本が必要なのです。」

そして1944年5月21日、愛娘の10歳の誕生日にプレゼントした手作りの本の展示。
娘が思いつきで「長くつ下のピッピ」の話をしてと言い、
それにこたえて作って言葉で聞かせていた物語が、
初めて本の形になったものです。

ピッピは世界一強い女の子、自由に生きている。
リンドグレーンさんは自身の作品について解説することは好みませんでしたが、
という前置きとともに、
ピッピについて語ったことが少しだけ引用されていました。

「もし私が、ピッピというキャラクターに、
 子どもの読者を面白がせようと思う以外に
 特別な意図を込めたとするならば、
 力を持ちながらも、その力に振り回されないことが
 可能であるということを示したかったのだと思います。
 おそらく、それが人生でいちばん難しい課題でしょうから。」

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そして、ピッピの挿絵やマンガを描いていたイングリッド・ヴァン・ニイマンさん。
残念ながら生き続けることができず早くにお亡くなりになっていること、図録に書かれていました。
日本の芸術にも興味を持たれていたようです。
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イングリッド・ヴァン・ニイマン画
「赤い着物を着た日本の女の子」と「ツルのデザインの着物を着た日本の女の子」
(1957-1959年)

意外に撮影可のものがあり、ちゃんとしたカメラを持っていけば良かったです。

会場では、1978年にリンドグレーンさんが
ドイツ書店協会平和賞を頂いた時のスピーチが流されていました。
「ネバー・バイオレンス」と題されたスピーチは、
当時やや過激で物議をかもしたようですが、
子どもに暴力をふるえば暴力をよしとする大人になる、暴力のない世界のためには、
まず家庭内の暴力を無くすことから始めなければならない、という訴えに聞こえました。
そしてその翌年、スウェーデンで世界で初めて子どもへの体罰を禁止する法律が成立しました。

アストリッド・リンドグレーン著、石井登志子訳
『暴力は絶対だめ!』
2015年、岩波書店
(1978年のスピーチを書籍化したもの)

それから、ピッピ以外の作品の展示が続きます。
『やかまし村の子どもたち』、そして『ちいさいロッタちゃん』。
ロッタちゃんの秘密の隠れ家に、バムセいました!
ヘロヘロですが(笑)、いいやつでした。
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グッズ類はもちろんピッピ中心ですが、やかまし村やロッタちゃんものも少しありました。
グッズになっている絵は、もちろん原画来ています!
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自分の家からはちょっと遠かったですが、行ってよかったです。

東京会場は9月24日までで、その後巡回するようです。

 宮崎:2018年12月15日(土)~2019年1月27日(日)
 京都:2019年2月8日(金)~2019年3月4日(月)
 名古屋:2019年4月27日(土)~6月16日(日)
 福岡:2019年7月6日(土)~8月25日(日) (予定)
 愛媛:2019年9月7日(土)~11月4日(月)

正確なことは公式サイト http://www.pippi-ten.com/ にてご確認ください。

最後に少々付け足しの話。

かつて高畑勲氏・宮崎駿氏・小田部羊一氏らは『長くつ下のピッピ』をアニメ化するため
東映動画からAプロに移籍したけれど、版権許可が取れず幻に終わったといいます。
私がその話を初めて知ったのは、1984年に出た
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『アニメージュ増刊 映画「風の谷のナウシカ」ガイドブック』(1984年、徳間書店)
に収録されていた宮崎駿氏へのインタビューでした。
「宮崎駿 自作を語る」というその記事で、「ピッピ」に関する補足として
小田部羊一氏のコメントが紹介されているので、一部引用します。

「『アリババ』を最後に、宮さんと高畑さんとぼくは東映動画をやめました。
 というのは、すでにAプロに行っていた大塚さんが『長靴下のピッピ』をやるというので、
 その魅力にとりつかれ、3人ではせ参じたというわけです。
 その海外ロケに現場の責任者として宮さんがスウェーデンに行ったのですが、
 原作者の許可がとれず、ついに断念しなければならなかったのです。
 その段階では、高畑さんの脚本はもちろん、テストフィルムまででき上がっていたんです。
 ぼくらはやれるものと信じていただけに、悲しかったですね。
 『ピッピ』をやるつもりで東映動画をやめていったのですから、いっぺんに目的がなくなったわけです。
 その思い入れが『パンダコパンダ』の中にピッピを登場させることになったのですが、
 正直、中途半端に終わりましたね。」
(「宮崎駿 自作を語る」に補足された小田部羊一氏のコメントより)

このインタビューの中で、宮崎駿氏は、『ピッピ』のことを「非常に意味があった」と振り返っています。

「『パンダコパンダ』は『ピッピ』のテーマを最初にやった作品。だから過渡的なんですよ。
 マンガと高畑勲の生活アニメーションの。生活アニメーションというか、日常を舞台にしたものとの。
 日常性を重視していくということだと思います。日常の中におきたひとつの出来事に、
 主人公がどういうふうに対応していくかという。『パンダコパンダ』はやっぱり過渡的ですね。」
(「宮崎駿 自作を語る」より)

私が『長くつ下のピッピ』に初めて興味を持ったのが、この話を知ってからです。
今は、こんな本が出ているのですね。

高畑勲・宮崎駿・小田部羊一著
『幻の「長くつ下のピッピ」』
2014年、岩波書店

いつか読んでみたいと思います。

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2018年8月 2日 (木)

遠方より訃報あり

義姉の父君がお亡くなりになりました。
去年の手術、ここ数ヶ月の入院、
義姉は働きながら毎週末のように帰郷してました。
私自身はあまりお会いする機会はなかった方ですが、
義姉にはこちらの両親のことでお世話になっており、
感謝しています。
どうぞ、安らかに。

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2018年7月28日 (土)

松屋銀座「羽海野チカの世界展」

松屋銀座で開催中の「羽海野チカの世界展~ハチミツとライオンと~」に行ってきました。

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2年前の西武池袋本店での原画展も観ているし、
入場者特典「3月のライオン」13.1巻が貰えればいいくらいに思ったのは間違いで、
結局気づくと2時間近くいました。

特段の解説があるわけではないのですが、羽海野さんの絵は、
見てると何だか幸せな気分になります。
キャラクタへの愛情が伝わってくるからでしょうか。

混雑で見るのに並ぶこともありましたが、並びながら「3月のライオン」13.1巻を読めるので飽きません。

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13.1巻には、まず羽海野チカさんの「ごあいさつ」。

 「私が会社員だった頃
  定期を使って行く事のできる
  一番素敵な街が銀座でした」

で始まる銀座の思い出、そして、そんな銀座で自分の原画展が開かれることに
「とても不思議で とても嬉しいです」という感謝の言葉が綴られています。
10ページのマンガ「あかりの銀座物語」には、銀座の店で働くあかりさんの奮闘ぶりが楽しく描かれています。

羽海野チカさんがカバー絵を描いた本の紹介で、大槻ケンヂ「神菜、頭をよくしてあげよう」というのがあって、てっきりこれはキャプションの誤字(筋肉少女帯の曲名は「香菜、頭をよくしてあげよう」なので)と思ったのですが、調べたらこれで正しいのですね。私が知らないだけでした。


大槻 ケンヂ著『神菜、頭をよくしてあげよう』2003年、ぴあ。

そして驚いたのは、「Chica Umino ネームと戦う」と題された撮影可の無料ゾーンの展示。

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1枚の紙に8ページ分に仕切り線を入れ、2枚あれば連載一回分が入るようにして、全体のネームを考えるスタイル。
2枚のネームは、練り直し描き直し概ね4回目くらいで収束。

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ついで、1枚に2ページ分の「本ネーム~セリフ入りコマ割り」。

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このすべての過程のネームが、「3月のライオン」79話~82話(副題「焼野が原」)について、すべて展示してありました。
これが敢えて撮影可の無料ゾーンに置かれていたこと、敬服いたしました。
ちなみに、83話副題「ここにいること」の同様の展示は、有料ゾーンの最後の方にありました。

79話~82話「焼野が原」・83話「ここにいること」が収録された「3月のライオン」第8巻、2012年、ヤングアニマルコミックス。

幸せな気持ちをたくさん戴いてきました。

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