« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »

2018年7月

2018年7月28日 (土)

松屋銀座「羽海野チカの世界展」

松屋銀座で開催中の「羽海野チカの世界展~ハチミツとライオンと~」に行ってきました。

Img_9855_3 Img9852m

2年前の西武池袋本店での原画展も観ているし、
入場者特典「3月のライオン」13.1巻が貰えればいいくらいに思ったのは間違いで、
結局気づくと2時間近くいました。

特段の解説があるわけではないのですが、羽海野さんの絵は、
見てると何だか幸せな気分になります。
キャラクタへの愛情が伝わってくるからでしょうか。

混雑で見るのに並ぶこともありましたが、並びながら「3月のライオン」13.1巻を読めるので飽きません。

20180728011149m

13.1巻には、まず羽海野チカさんの「ごあいさつ」。

 「私が会社員だった頃
  定期を使って行く事のできる
  一番素敵な街が銀座でした」

で始まる銀座の思い出、そして、そんな銀座で自分の原画展が開かれることに
「とても不思議で とても嬉しいです」という感謝の言葉が綴られています。
10ページのマンガ「あかりの銀座物語」には、銀座の店で働くあかりさんの奮闘ぶりが楽しく描かれています。

羽海野チカさんがカバー絵を描いた本の紹介で、大槻ケンヂ「神菜、頭をよくしてあげよう」というのがあって、てっきりこれはキャプションの誤字(筋肉少女帯の曲名は「香菜、頭をよくしてあげよう」なので)と思ったのですが、調べたらこれで正しいのですね。私が知らないだけでした。


大槻 ケンヂ著『神菜、頭をよくしてあげよう』2003年、ぴあ。

そして驚いたのは、「Chica Umino ネームと戦う」と題された撮影可の無料ゾーンの展示。

Img9864m

1枚の紙に8ページ分に仕切り線を入れ、2枚あれば連載一回分が入るようにして、全体のネームを考えるスタイル。
2枚のネームは、練り直し描き直し概ね4回目くらいで収束。

Img9869m

ついで、1枚に2ページ分の「本ネーム~セリフ入りコマ割り」。

Img9877m

Img9879m

このすべての過程のネームが、「3月のライオン」79話~82話(副題「焼野が原」)について、すべて展示してありました。
これが敢えて撮影可の無料ゾーンに置かれていたこと、敬服いたしました。
ちなみに、83話副題「ここにいること」の同様の展示は、有料ゾーンの最後の方にありました。

79話~82話「焼野が原」・83話「ここにいること」が収録された「3月のライオン」第8巻、2012年、ヤングアニマルコミックス。

幸せな気持ちをたくさん戴いてきました。

|

2018年7月25日 (水)

今朝、水やりにベランダに出たら、
クリスマスローズの傍らで蝉がお亡くなりになっていました。
綺麗な姿でしたので、埋めに行ってきました。
ガラスの箱には入れませんでした。

|

2018年7月22日 (日)

「かこさとしのひみつ展」と「未来のだるまちゃんへ」

川崎市市民ミュージアムの「かこさとしのひみつ展-だるまちゃんとさがしにいこう-」に行って参りました。
20180722195110m

展示解説はすっきりした文章で深い意味を伝えており、子どもを連れてきた親御さんたちも熱心に見る姿が印象的。

「だるまちゃん」は、ロシア(当時ソビエト)の絵雑誌で出てきたマトリョーシカがヒント、
郷土玩具を主人公にしながら民族主義的押しつけがましさがないところに魅力を感じたそうです。
戦後日本、外国のものをありがたがる風潮の中、敢えて「だるま」にしたとのこと。

そしてところどころに添えられた、かこさとし氏のメッセージも魅力的でした。

図録はないようで、売店で文庫の『未来のだるまちゃんへ』を購入、勢いで一気読み。
今日予定していた作業は終わらなかったけど、読んで良かったです。

20180722204556m

かこさとし著『未来のだるまちゃんへ』2016年、文春文庫
(2014年文芸春秋刊の文庫版)

冒頭はこんな風に始まります。

 敗戦の時、僕は十九才でした。
 僕は「終戦」と言わないで「敗戦」と言うのですが、それは戦争に負けて、てのひらを反すように態度を変えた大人たちを見て、ものすごく失望憤激したからです。

そういう自分も軍人を目指していたことを振り返り、しかし、視力が悪く軍人にはなれず、それで工学の道を選んだと。
そして敗戦。軍人を目指した仲間はみな死に、生き残ってしまった。
「自分は何をすればよいのか。少しでも償いが出来るのか」

 大人はもう信用できない、飽き飽きだ。自分もその一員だった。大人ではなく、せめて子どもたちのためにお役に立てないだろうか。せめて自分のような後悔をしない人生を送るよう、伝えておきたい。
 だんだんとそう考えるようになりました。
 これから生きていく子どもたちが、僕のような愚かなことをしないようにしたい。子どもたちは、ちゃんと自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の力で判断し行動する賢さを持つようになってほしい。
 その手伝いをするのなら、死にはぐれた意味もあるかも知れない。

福井の里山で遊んだ子供時代、絵を描く楽しさを教わった人、東京への転校、
飛行機乗りになりたくて成れなかったこと、自分で雑誌を作って俳句を描いたこと、
空襲で家は全焼、兄の死、敗戦、
東大で演劇研究会に入ったが工学部のせいか裏方しかやらせて貰えずそれでも頑張ったこと、
再び絵を描き子ども相手に紙芝居をやったこと、
川崎のセツルメントで子どもと向き合って学んだこと、
絵本を出してもらえるようになったこと。

最終章は「これからを生きる子どもたちへ」。
見取り図を描くように絵本を描いているということ、
そのために綿密な調査をしていること、
『万里の長城』は30年かかったこと、
アインシュタインをとりあげた『がくしゃもめをむくあそび』で原爆や原発のことに触れたが廃棄物の処理費用や事故時の対応などが調査してもデータがなく疑問に思ったこと、
「子ども向けに原発のすばらしさを伝える本」を頼まれ「喜んで協力するからデータをくれ」と伝えたら連絡がこなくなったこと、
「戦争」を描いた絵本を出したいが「何故おこるか?」には「経済」を理解しないといけなくまだできないこと、
「僕自身、敗戦後七十年近く経ったのに、的確な「戦争」の絵本、非戦の絵本を描く見取り図ができていないのが恥ずかしいかぎりです」。

 生きるということは、本当は、喜びです。
 生きていくというのは、本当はとても、うんと面白いこと、楽しいことです。
 もう何も信じられないと打ちひしがれていた時に、僕は、それを子どもたちから教わりました。遊びの中でいきいきと命を充足させ、それぞれのやり方で伸びていこうとする。子どもたちの姿は、僕の生きる指針となり、生きる原動力となりました。それを頼みにして、僕は、ここまで歩いてきたのです。
 だから僕は、子どもたちには生きることをうんと喜んでいてほしい。
 この世界に対して目を見開いて、それをきちんと理解して面白がってほしい。
 そうして、自分たちの生きていく場所がよりよいものになるように、うんと力をつけて、それをまた次の世代の子どもたちに、よりよいかたちで手渡してほしい。
 どうか、どうか、同じ間違いを繰り返すことがないように。
 心から、そう願っています。

読み終えて改めて「かこさとしのひみつ展」を想うと。
幼少期の絵日記から始まり、
サラリーマンをしながら紙芝居などで子どもと向き合い生きる意味を探す姿、
色々な知識を深く調べて描いた見取り図のような絵本、
展示場の中央の床にはけんけん遊びの模様が描かれ、子どもたちが遊んでいる。

会場全体が彼の人生の絵物語のようだった気がします。

自分も色々あって、また本も集中して読めない状態だったりしましたが、一気に読み切ることが出来ました。
1989年に、手塚治虫さんの『ガラスの地球を救え』を読んだ頃のことを思い出したりもしました。

20180723000705s

たくさんの刺激をいただいて、感謝しています。

|

2018年7月16日 (月)

普通救命講習

東京防災救急協会の普通救命講習を受講してきました。
http://www.tokyo-bousai.or.jp/lecture_kousyu/

20180716195228s

事前に申し込みをし、コンビニ等で教材費を払って、当日会場に持っていきます。
会場は防災館の体育館。エアコンの利き目も限界のようで、それなりに暑い状況。
休憩をはさみながら3時間、講習中も遠慮なく水分補給するようにと。
祝日ということもあるのでしょうか、参加者は10代から60代くらいまで幅広く、
男女比は6:4くらいだったでしょうか。若い参加者も目立ちます。

まずはテキストを読みながらの講習、そしてすぐに実技。
人形相手に心肺蘇生・人工呼吸、練習から更に2セット、結構体力を使います。
休憩後はAEDを使った実践的な講習。AEDを持ってきたけれど使い方が分からないという人に手伝ってもらいながら、
胸骨圧迫と気道確保をなるべく止めずにAEDの装着とAEDの判断に従った行動を取る訓練を受けます。
AEDは電源さえ入れれば音声ガイドに従って誰でも使用できるとは言われるものの、
いざ使うとなるとどうしてもしり込みしそうです。
人形相手の研修でも、1度でも使っておいてみて良かったと思います。

いくつかある応急手当講習会の中で一番初歩的なものではありますが、
実際に心肺蘇生・人工呼吸・AEDの実技指導を受けられますし、
1400円という受講費は安いと思いました。

最後に「救命技能認定証」を受け取って終了。
みなさん暑い中、真剣に受講されていたのが印象的でした。

|

「物語を創る・描く」

女子美術大学オープンキャンパス特別講演、萩尾望都先生漫画の世界「物語を創る・描く」を聞きに行って参りました。

以前、イルカさんとの講演があったのと同じ教室です。
 

Img_9809_2
http://www.joshibi.net/media/oc2018/lecture/

取り上げていた作品は手元のメモでは、
「ビアンカ」
「トーマの心臓」
「マージナル」
「銀の三角」
「スター・レッド」
「柳の木」
「ポーの一族」
あと、質問の際に
「11人いる」
「エッグ・スタンド」
も。

メモからいくつか。
「トーマの心臓」…今なら大人の感情が入ってしまうので、違う展開にしてしまうかも知れない。
「マージナル」…女だけが生き残った世界のSFをヒントに、男だけにした。頭の中でキャラを育てると、キャラ同士が頭の中で会話を始めてくれる。
「スター・レッド」…3日後に予告を出すと言われタイトルをまず先に、当時スター・ウォーズが流行っていたので、とりあえずスターで始めた。
「柳の木」…表紙はネタバレにならないよう、敢えてシンプルにした。

そして、「ポーの一族 ユニコーン」、月刊flowers(フラワーズ) 2018年7月号の冒頭について。
当初はミュンヘンのマリエン広場の絵から始まるものだったが、カラー3ページということで、流れを変更した、というお話と共に、元々はどういう流れだったかを、その場で2ページほどサラサラと描いて下さいました。
そして、これだと冒頭のカラーページに主人公エドガーが入らないので、変更したのだと。
扉の前にページを置くのは割と好きで、その後見開きの扉で好きな絵を描きたかったと。
見開きの扉は現在公式サイトに掲載されている絵ですが、
http://flowers.shogakukan.co.jp/rensai/poenoichizoku-unicorn.html
これは、マリエン広場のからくり時計っぽい雰囲気を意識して描いたのだそうです。素敵ですね。
今回もエドガーとアランは頭の中でたくさん会話してくれた、長い間放っておいてごめんね、と。
ただ、「続きはまた来年」「しばらくアランはトランクに入ったまま」というお話でちょっとショック(苦笑)

以上、全く書ききれないくらい色々なお話を聞くことができ、濃厚な1時間でした。
ありがとうございました。

|

2018年7月 9日 (月)

一年

父の死から一年になります。
Img_9766_2

2019年までの日記帳、2017年5月28日「今日から能登半島へ旅行」が最後。
カメラ好き最後の愛機EOS Kiss X7i、残された最後の写真は金沢駅。
歩けなくなった父に頼まれ買いに行った「週刊新潮」、創刊から愛読していた。
定期入れには相方の名刺、お守りのように。
痛み止めの薬で朦朧とした意識の中、何かを書きたいペンの跡。
かろうじて私の名前と感謝の言葉を見つける。

ふがいない息子ですみません。
今日は少し泣くことを許してください。

|

2018年7月 1日 (日)

CROSS EYED PIRETS

三原順メモノート第7集に「CROSS EYED PIRETS」という項目を追加しました。
久しぶりに読み返してみると、気づくことも有ります。

また、2018年、劇団スタジオライフが「はみだしっ子」の舞台続編を上演します。
昨年2017年の「はみだしっ子」舞台は、DVDが販売されいるようです。
http://www.studio-life.com/
その前に、吉田秋生さんの「カリフォルニア物語」の舞台化もありますね。
久しぶりに読み返してみるのにも、いい機会だなと感じます。

いろいろと、うまく行きますように。

|

« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »